原爆開発の件は台湾ではよく知られた話なのではないでしょうか。核兵器は使えない兵器のままにしておくのが賢明だと思いますが、全く常識の通じない国家がそばにあることが東アジアでは不幸の種ですね。北朝鮮の核兵器に異議を唱えても、中国の核兵器が日本にも照準をあわせている事実に都合良く目を塞ぐのはなぜでしょう。
China's Greatest Nightmare: Taiwan Armed with Nuclear Weapons
March 4, 2017
台湾が原子爆弾保有を公言していれば戦後アジア最大の危機状態が生まれていただろう。台湾にとって原爆保有は数の劣勢を挽回する手段だ。中国から見れば台湾侵攻の口実となる。1960年代から80年代にかけ台湾は原爆開発をめざしていたが、米国の外交圧力に屈し最終的に断念した。
- 台湾の原爆開発は1964年に遡る。同年に中華人民共和国が原爆実験に成功した。実験は台湾の悪夢が現実になったことを意味した。中台の海軍、空軍部隊は度々小競り合いをし、いつ全面戦争になってもおかしくなかった。突如として台湾は核戦争に展開する可能性に直面した。台湾に核爆弾が一発でも投下されれば、メリーランド州ほどの面積の同国に民間人多数が犠牲となる大惨事が生まれる。
- 台湾の視点から見れば核武装は国家主権の究極の保障手段だ。米国が台湾を見限っても(現実にそうなった)、台湾の核兵器は人民解放軍侵攻を食い止める効果があり、抑止力として有効だ。あとになってわかったことだがこの構想には十分成功する見込みがあった。北朝鮮の核兵器で米韓両国は北の軍事挑発にも簡単に対抗できなくなっているのが好例だ。
- そこで台湾は1967年に中山科技研究機関内に核エネルギー研究所(INER)の隠れ蓑で原爆開発を開始した。1969年にはカナダが研究用の重水原子炉を売却、民生用原子炉の拡販をカナダが期待したが、トリュドー政権がPRCを1970年に承認したことで続きはなくなった。同原子炉は台湾研究用原子炉と呼称され1973年に臨界となり、台湾は兵器級プルトニウムの蓄積を開始した。
- 台湾核研究を米国が注意深く監視していた。ただしワシントンは台湾原爆で中国が不必要に挑発されるのを恐れ、1966年になると原爆製造をさせない方針に変わる。ワシントンとしては台湾が国際原子力エネルギー機関のガイドラインに従い、核燃料の兵器製造への転用防止を期待した。
- だが台湾の狙いはそもそも兵器製造にあり、台湾が抵触するのは避けられなかった。1975年のCIA評価では「台湾政府は兵器開発を明白に目標とし小規模核開発を進めており、今後5年程度で核爆発装置を完成させるだろう」とある。その時点で米国、ドイツ、フランス、ノルウェー、イスラエルの各国が台湾を支援していた。重水は米国より、ウラニウムは南アフリカから確保していた。
- 1976年から77年にかけてIAEAが軍が主導するINERを査察し台湾の言っていることと行動の食い違いを発見する。1976年に米国が核兵器開発を抗議した。対応として台湾は「今後一切の再処理工程は進めない」と約束させられた。
- 1977年に米国は台湾研究機関に疑わしい兆候を探知し、国務省が台湾に研究活動の変更を求め、平和的利用を求めたものの、研究開発活動の全面中止までは要求しなかった。1978年に米国は再び秘密研究の兆候がウラニウム再処理で進展していることをつかみ、台湾に中止させている。
- 何回も妨害を受け台湾の核兵器開発は休眠状態に入る。1980年代中頃に再開したが、今度はINERがウラニウム処理施設を作っていることが判り、以前の公約に違反しているのが明らかになる。1987年にINER副所長で長年CIA情報源のChang Hsien-yi大佐が米国亡命し、台湾核兵器開発の証拠を持ち込んだ。極秘情報扱い資料を突きつけられ、台湾政府は1988年に核開発を全面中止した。なお同大佐の亡命時点で原爆は1-2年で完成する段階にあったと考えられる。
- では台湾はどんな原爆を開発するつもりだったのか。2つ可能性があり、低出力戦術核弾頭と高出力都市破壊兵器だっただろう。戦術弾頭は本土の港湾、空港、司令部の除去に有効で中国軍の侵攻をさせない効果をねらったものだ。補給活動を狙えば侵攻は止まる。その運搬手段はChing Feng短距離戦術ミサイルだったはずだ。
- もう一つの可能性は台湾が大型都市破壊兵器で、開発していればもっと深刻だ。これは北京政府を直接脅かすことが目的で、強力な抑止力をねらっていた。北京までは1,800マイルあり、原爆を到達させるのは台湾海峡を飛び越えるのとわけがちがった。イスラエルでさえこれだけの長距離で原爆を運搬するミサイル、航空機の技術は提供できなかった。
- 台湾の核兵器開発には理解できる点もあるものの、無分別といわざるをえない。台湾中国が核で対決すれば地域全体の安定が損なわれていただろう。そもそも台湾は核開発で自国防衛を一層確実にしようとしていたので皮肉な話だ。核装備が実現しても結局のところ軍事ジレンマの解決はできなかったと思われる。中国攻撃に成功しても中国が核報復を加えてくるのは避けられなかったはずだ。
Kyle Mizokami is a defense and national-security writer based in San Francisco who has appeared in the Diplomat, Foreign Policy, War is Boring and the Daily Beast. In 2009, he cofounded the defense and security blog Japan Security Watch. You can follow him on Twitter: @KyleMizokami.
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